田舎館の母さんのりんごジュースが飲みたくなって、弘前への道すがら遊びに上がらせてもらった。
母さんのジュースはとても懐かしい。
自分が大学生の時に亡くなった母方の祖母が、子供時分の風邪の時や食欲の無い時に、卸し金で摺って作ってくれたジュースと同じ味がする。
こんにちは、と家に上がるや、母さんがキリッと冷やしておいてくれたジュースを、ゴクリゴクリと2杯飲んでひと息ついた。
食とは、愛情をいただくものだと、しみじみ思う。
おいしいものを食べさせたい、飲ませたいという思いは、ひと味もふた味も食べ物の旨味を増すように感じる。
料理上手は愛情上手なのではなくて、愛情上手だから料理上手なんだと思う。
“男は胃袋で掴むのよ”とつい最近の誰かの結婚式のスピーチで聞かされたのだけれど、むべなるかなと賛同する。
最近、原稿を覗き見る家人が
“うん、あなたの鍋だけは私も認めるけれど、あれは自分だけへの愛じゃないの?自己陶酔の愛情よ。”
と横で語っている。
そうか、単身赴任鍋が旨いのは自分への愛だったのか!?
さて、りんごジュースを運んでくれたのは、八甲田を越えて我が町の近所に嫁いだ二女のふみちゃんだった。桜色のきれいな着物を着ていた。
“今、お茶を点ててたんですよ。召し上がっていきませんか。”
とふみちゃん。
“お姉ちゃんは、短大生の時から20年もお茶を習っているんですよ。お嫁に行ったけど、今でも月に何度か黒石の先生に習ってるんです。”
と末っ子のよっちゃんが教えてくれた。
仏間の方へお邪魔すると緋の毛氈が敷いてあった。
せっかくだから、正客(しょうきゃく:お茶席のメインゲスト。主人と茶に係る応答もする)としてふみちゃんのお茶をいただく事にした。
自分にお茶の心得はない。習ってないし、作法も満足には知らないけど、仕事柄、正客として招かれることがままある。
そんな時は感じたままを云うことにしている。
ふみちゃんは、いつもは元気な二人の男の子を追っかけたり、抱っこしたりと忙しいお母さんをしているのに、今日は桜色の着物がとてもチャーミングだ。
艶やかな着物の中で、桜が音もなく静かに品良く咲いている。
見ればふみちゃんの立居振舞にもひとつも揺らぐことのない静けさがあって、一碗のお茶に全てを集中している。
茶を嗜む人たちの茶席での所作って、とっても美しいとこれまでも思って来たけれど、すくっと立ち、凛と振舞うふみちゃんに見とれてしまった。
お点前をいただきながら率直に感じたのは、若さなればこその力のこもったお茶かと思いきや、どうしてこんなに澄んでさっぱりとしたお茶なんだろうかという事だった。
例えれば、水田に苗が植えられたばかりの頃の、ふと見上げた五月の青空の清しさ、かな。
お薄の苦味の後に来る清涼感に、とっても気分が良くなりながら思い出したのは、“典奴(のりやっこ)”こと森下典子さんが数年前に著した『日日是好日』の本だった。
典奴は、20年程前に週刊朝日にデキゴトロジーという、当時世の中で実際に起きた愉快奇怪な出来事を連載していたライターである。
単行本は、新潮社No.1の編集者誠ちゃんと組んでいたが、乗り良く、筆良く、売れも良くイケイケライターとばかり思っていた。
それが、このお茶の本である。
東京の本屋で発見し、あまりの意外さに手に取った。実は著者“典奴”というよりも、まず表紙の端正な気品ある装丁と綺麗に整ったタイトルの活字に目が捕らわれ、手が伸びて、典奴と気づいたという順だ。
本を開き前書きを読んだだけで、1500円出して全部を急いで読みたいと思った。
元々が“読ませる”典奴だけれど、ページからページへと進むほどに真実の思いから書き綴られた言葉に、典奴ってホントはこんなにも生真面目で、ピシッと芯(しん)の通ったヤツだったんだという発見と合わせて感動した。
お茶は、季節をめぐりながら、干支のサイクルを永遠に巡り続ける。
それに比べて、人の一生は、長くてせいぜい六周か七周。
それがいかに限りある時間かということを垣間見る。
そして限りあるからこそ、慈しみ味わおうと思うのだ。
干支の茶碗が、こう言ってるような気がした。
「いろんなことがあるけれど、気長に生きていきなさい。じっくり自分を作っていきなさい。人生は長い目で、今この時を生きることだよ。」
典奴は、「お茶」が教えてくれた15の幸せを通して“人生は長い目で、今を生きること”と語っている。
ここでまたまた、家人がやって来て云う。
“読みたいって云うから、本の山の中からやっと探したけれど、あなたが買って来た本の中ではピカ1じゃないの。よく見つけたとベタ褒めされたと書いていい本よ。”
と太鼓判を押して去って行った。
ふみちゃんの所作の美しさに、この本を手にした時の感激を思い出して、もう一度読み返してみた。
「長い目で今を生きる」
今の自分の仕事にこそ、常に心に抱くべきいい言葉だ。
ところで母さんからは、残り少ないお手製のりんごジュースをちゃっかり3本もいただくこととなった。
すいません、いただきます。
ありがとうございました。
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