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昭和31.4
 4月16日青森県上北郡百石町下明堂の現住所で、父・輝文(現・県議)の長男として生まれる。

昭和38.4
 百石小学校では、とにかく脚が速くて、運動会のスーパースターだった。今でも握手に走り回る時、役立っている。

昭和44.4
 中学校も百石中。ボーッと考え事をしている時が多く、付けられたアダ名はポテ(五分刈りで頭の形がじゃがいもに似ていた)。初恋もこのとき。淡い雪のように消えてしまった。

昭和47.4
 隣の八戸高校に入学。受験勉強そっちのけで、将棋(囲碁・将棋愛好会長となる!?)に熱中。周囲をハラハラさせた。

昭和52.4
 東京大学文科3類に運よく合格。一時は作家を夢見ていたことも。在学中は、読書と文筆のまねごとに熱中。同級にTBSの杉尾秀哉キャスター。

昭和56.3
 
東大卒業。新潮社に入社、出版部で文藝書編集に携わり、作家の山口瞳、畑山博、綱淵謙錠、中沢けいなどと交流。この間、同級生だった三千代(水戸市出身)と結婚。プロポーズの言葉は「いつまでも一緒にいたいね」だった。

昭和62.1
 「いざ帰りなん、ふるさとへ」と百石町に帰郷。その後百石町長選に立候補し当選。35歳、当時全国最年少の首長だった。在職当時、健康づくりから福祉医療までの「包括ケアシステム」、「15の春と語りたい」(中学3年生全員と語る会)、「シリーズ・仕事大好き」(地域の技術者が小学校で授業)などアイデアとソフトで町づくり。
平成8.10
 志を国政に向け、衆院選に挑戦。奮闘するも700票差で涙。すぐ再起し、平成12年6月の選挙で屈辱を果たす。

平成12.6
 
国会では、中田宏氏(現・横浜市長)など若手代議士と「日本を変えよう」と意気投合、交流が続いている。
平成15.6
 
崖っぷちの青森県の為、衆議院議員の身を捨て知事選に立候補、多くの人達に支えられ当選。
■趣味/タウンウォッチング、路線バスツアー ■好きな食べ物/枝豆、豆腐、納豆、りんご ■好きな言葉/継続は力なり
■好きな作家/岡部伊都子 ■尊敬する人物/平松守彦前大分県知事 ■感動した本/たちばなの夢(大岡信)
■想い出の映画/サウンド・オブ・ミュージック ■一番大きかった失敗/高校入試で受験番号を書き忘れた
■恥ずかしかったこと/初のゼミ発表の資料を抱えて「遅れてすみませんー」と飛び込んだ小部屋が女子トイレ!!(東大の旧館には表示がない)
■家族/父母、妻、子供2男1女、金魚1匹(魚毅(うおたけ)という名で10歳)。
■大きな夢/「大きな地方主権」権限・財源・人間がそろって、国の枠を超え世界に発信できる自主自立の青森県。ゆったり、やすらかに暮らせる「安心安住の地」青森県。

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